大判例

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東京地方裁判所 昭和36年(ワ)5614号 判決 1968年7月24日

原告

エルハルト・アンドレアス

原告

横山工業株式会社

両名代理人

柳井恒夫

植村武満

植木植次

河崎光成

斎藤尚志

被告

早川鉄工株式会社

右代理人

柳原武男

松尾菊太郎

中島登喜治

金子正康

右復代理人

佐藤悌治

主文

一、被告は、別紙第一目録及び図面表示(編注・別紙省略)の反撥式粉砕機を製造し、販売し、又は販売のために展示してはならない。

二、被告は原告エルハルト・アンドレアスに対し、金五千七百四万六千八百五十五円及びこれに対する昭和三十六年七月二十五日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

三、被告は、原告横山工業株式会社に対し、金一億八千三百二十四万五千百九十二円及びうち金千八百六十五万二千百五十円に対する昭和三十六年七月二十五日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

四、原告らのその余の請求は、棄却する。

五、訴訟費用は、これを三分し、その二を被告の負担とし、その余を原告らの負担とする。

六、この判決は、第二、第三項に限り、原告エルハルト・アンドレアスにおいて金千五百万円の、原告横山工業株式会社において金四千百万円の担保を供するときは、それぞれ仮りに執行することができる。

事実《省略》

理由

一原告E・Aの特許権等

ドイツの国籍を有するA・Aが、原告ら主張の発明をし、右発明につき、ドイツ連邦共和国において原告ら主張の特許出願をし、原告ら主張の経過で特許権を取得したこと、原告E・Aが本件特許権を有すること、原告E・Aは、昭和二十九年八月二十八日に、右A・Aのドイツ連邦共和国における前記特許発明の出願に基づき、協定による優先権を主張したことは当事者間に争いがなく、原告E・Aが、本件特許発明の出願に際し、少くとも出願の日である昭和二十八年八月六日までに、A・Aから、同人の前記発明についてわが国において特許を受ける権利を譲り受けたことは、<証拠>及び本件弁論の全趣旨により認めることができる。(もつとも、<証拠>によれば、A・Aから原告E・Aに前記特許を受ける権利を譲渡する旨の譲渡証が作成されたのは昭和二十八年九月三日であることが認められるが、特許を受ける権利の譲渡は、必ずしも書面によることを要するものではなく、その意思表示の日とその譲渡証作成日は、もとより別個でありうるのであるから、譲渡証作成年月日が昭和二十八年八月三日付となつていることは、前認定の支障となるものではない。)。

二原告会社の専用実施権

原告会社が、本件専用実施権を有することは、当事者間に争いがない。

三本件特許発明の特許請求の範囲

本件特許の出願願書に添付した明細書の特許請求の範囲の記載が、原告ら主張のとおりであることは、当事者間に争いがない。

四本件特許発明の特徴

<証拠>書証および鑑定人H及び同Yの各鑑定の結果)に、前記争いない本件特許請求の範囲の記載をあわせ考えると、次のような事実を認定することができる。すなわち、本件特許発明は、高速で回転する打撃兼加速装置を使用して、粉砕すべき物質をケーシング内に設けた衝突板に向つて加速し、衝突板に激突させてこれを粉砕し、跳ね返らせ、再び衝突板に向つて加速し、次いで再び跳ね返らすことを充分の時間繰り返して行い、所要の微細化を達成しうるようにした硬質物質粉砕装置にかかり、

(一)  その構造上の特徴は、

(1)  各衝突板が、加速車の中心線よりも上方にあること、

(2)  各衝突板は、その端部に設けた軸を中心として揺動可能な状態にあること、

(3)  各衝突板は、重力の作用により、その作動位置に保持されるように懸吊支持されていること、

(4)  軸は、加速車の回転方向に関し、加速車に最も接近している各衝突板の先端部を含む平面よりも手前の位置にあること、

(5)  各衝突板の先端部は、加速車に対しほぼ半径方向を指向すること、

(6)  衝突板が加速車との間に鰐口状の開口運動を行うことにあり、

(二)  前記構造上の特徴の結合により

(1)  重力作用を有効に利用したため、バネ等を用いることなく、簡単な構造により、衝突板は重力の作用により常に原位置に復帰しようとし、かつ、被衝撃材料も重力の作用により常に再び加速車に持ち来らされて反覆衝撃粉砕されること、

(2)  各衝突板は、粉砕可能の材料に対しては、あたかも固定式に支持した衝突板のように、不動状態を保持して反覆衝撃粉砕を行い、他方、粉砕不能の異物等により比較的大きな圧力を受けたときには鰐口状の開口運動を行つて通過間隙を迅速に大きく開いて、大きな異物でも直ちに通過せしめるとともに、粉砕さるべき材料が粉砕されることなく通過する時間を著しく短縮させること、の作用効果上の特徴を有するものであることを認めることができる。

被告は、本件特許発明の構造上の特徴に関し、本件特許発明の構造上の特徴は、前認定の(1)から(6)までのほか、さらに、(イ)各衝突板の先端部は加速車に最も接近していること、すなわち、右先端部が加速車の打撃子の頂面に接触していること、及び(ロ)各衝突板の先端部は打撃子に捕捉されて加速された材料が特に激突するに充分な面積を形成すること、の二要件が必須要件として加えらるべきものである旨主張……するが、まず、右(イ)についてみるに、特許請求の範囲における「加速車に最も接近し」の文言は、<証拠>(訂正された特許公報)によれば、その「加速車に最も接近し」の文言の前後の文章の配列から、「先端部が加速車に最も接近し」の意味でなく、「衝突板の両先端を含む部分のうち加速車に最も接近した先端部」、すなわち、各衝突板の下縁を意味するものと考えるのが妥当であり、また、……「発明の詳細なる説明」の項にも一実施例の説明として、「加速車dに接触するように適数の衝突板が設けられてあり」との記載はあるが、右は加速車と衝突板の関係であるうえ、これも接触するとは記載されておらず、衝突板の先端部と打撃子との間隙については、これが接触するとも、しないとも、何らの記載はみあたらず、さらに、仮りに衝突板と打撃子とが接触するとすれば、前記「発明の詳細なる説明」の項に記載された衝突板が粉砕可能な物質について不動状態を保持する作用効果を生じなくなることに徴しても、衝突板の先端部と打撃子とが接触することが、本件特許発明の必須要件であると認めることはできない。次に、右(ロ)についてみるに、……「発明の詳細なる説明」の項には、一実施例の説明として「粗大物は打撃子dに捕捉されこれによつて加速されて衝突板e特にその下方部分Eに激突する」旨の記載はあるけれども、右は一実施例の説明であり、他に、衝突板の先端部の範囲、形状について、これを特定する記載はみあたらない以上、右一実施例の記載及びその図面の形状をもつて、衝突板の下縁が特定平面を形成するとは断じ難く、単に、材料が比較的多く激突する衝突板の下縁を含む若干の範囲という程度の限定しかできないのであるから、右(ロ)も、また、必須要件ということはできない。

<中略>

五被告の製品

被告が製造し、販売している各製品が別紙第一目録及びその添付図面<いずれも略>記載のとおりであることは、当事者間に争いがない。

六被告の各製品の特徴

前記争いない被告の各製品の構造に前掲H、同Yの各鑑定の結果をあわせ考えると、被告の製品の特徴は、次のとおりであることを認定することができる。すなわち、

被告の製品は、いずれも高速で回転する打撃兼加速装置を使用して粉砕すべき物質をケーシング内に設けた衝突板に向つて加速し、衝突板に激突させてこれを粉砕し、跳ね返らせて再び衝突板に向つて加速し、右加速・激突を充分の時間反覆させて行い、所要の微細化を達成しうるようにした硬質物質粉砕機であり、

(一)  その構造上の特徴として、

1  被告の製品のうち、HO型、HF型、HG型については、

(1) 各衝突板が加速車の中心線よりも上方にあること、

(2) 各衝突板はその端部に設けた軸を中心として揺動可能な状態にあること、

(3) 各衝突板は、重力の作用により、作動位置に保持されるよう懸吊支持されていること、

(4) 軸は、衝突板のうち加速車に最も接近している先端部より加速車の回転方向に関し手前の位置に設けられていること、

(5) 各衝突板は、その正規の位置(後記のように凹形状の開口運動を行つていないとき)においては、加速車の打撃子の中心の回転軌跡である円を基円とするインボリュート、あるいは、これに極似の曲面を形成していること、

(6) 各衝突板は、加速車との間に凹形状の開口運動を行うことにあり、

2  HV型、HVS型、HV―Gr型については、右1の(1)から(6)のほか、(イ)各衝突板の支持棒にコイルバネが取り付けられていること、及び(ロ)衝突板の加速者に最も遠い端部に水平に棒を通し右棒の両端をケーシング両側面に設けた長方形の孔に入れてあること、の構造が付加されており、

(二)  その作用効果上の特徴として重力作用を有効に利用したため、衝突板は重力の作用により、常に原位置に復帰しようとし、また被衝撃材料も重力の作用により、常に再び加速車に持ち来らされて反覆衝撃粉砕されること、

2 各衝突板は、粉砕可能な材料に対しては固定式に支持した衝突板のように、不動状態を保持して反覆衝撃粉砕をし、粉砕不能の異物等の場合には凹形状の開口運動を行つて通過間隙を迅速に大きくし、正常な状態に復する場合には短時間で復帰すること、との作用効果をあげうるものであるが、HV型、HVS型、HV―Gr型については、右作用効果のほか、前記コイルバネにより重力作用とともに、バネの作用によつても、衝突板が常に原位置に復帰しようとしていること及び前記ケーシング両側面の長方形の孔を設けたことにより、衝突板の粉砕面に附着した材料を脱落させるとの作用効果をもあげうるものであることを認めることができる。

被告は、被告の全製品に関し、前記各衝突板がその正規の位置においては加速車の打撃子の中心の回転軌跡である円を基円とするインボリュート、あるいは、これに極似の曲面を形成していることにより材料の衝突板に衝突する角度が正規の状態において直角衝突であり、衝突板が開口すると斜衝突となり、むしろ、開口するにしたがつて衝突板に加わる力は減少するから、衝突板が迅速に大きく開口するとの作用効果が被告の製品にはなく、前記衝突板の形状により、本件特許発明にはない材料の粉砕能率を高める作用効果の特徴を有する旨主張するが、右主張の前提としては、いずれも材料が打撃子の中心軌跡円の切線方向に飛行して衝突板に直角に衝突し、右衝突板により直角に反撥されることを前提とするものであるところ、前掲H、同Yの各鑑定の結果に<証拠>(書証)をあわせ考えると、純理論的には、被告主張のような材料の運動が予測されないではないけれども、実際は、材料の大小、形状、加速車の速度、材料が打撃子の中心部で捕捉されるか否か等の要素によつて、必ずしも、材料が打撃子の中心軌跡円の切線方向に飛行するものではなく、また、衝突板から直角に反撥されるものでもなく、衝突板が、打撃子の中心軌跡円とするインボリュート、あるいは、これに極似の曲面を形成していない平面の衝突板と比較して大きい差異がないものと認められるから、被告の作用効果に関する各主張は、その前提において理由がなく、したがつて、これを被告の製品の作用効果上の特徴とみることはできない。<中略>

七被告の製品と本件特許発明との対比

(一)  さきに認定した本件特許発明の特徴と被告の各製品の特徴とを対比すると、

(1)  各衝突板が加速車の中心線よりも上方にあること、

(2)  各衝突板はその端部に設けた軸を中心として揺動可能な状態にあること、

(3)  各衝突板は重力の作用によりその作動位置に保持されるよう懸吊支持されていること、

(4)  軸は衝突板のう最も加速車に接近している先端部よりも加速車の回転方向に対し手前の位置にあること、との本件特許発明の構造上の特徴を被告の製品も具備していることを認めることができる。もつとも、被告の製品のうち、HV型、HVS型、HV―Gr型の各製品は、各衝突板の支持棒にコイルバネが取り付けられているが、右各製品の衝突板が作動位置に保持されるのは、コイルバネの作用のみでなく、重力の作用をも利用していることは、その構造自体から明らかである。

次に、前記四、六認定の事実によれば、本件特許発明と被告の製品の対比において問題となるのは、(イ)被告の各製品は、いづれもその正規の位置においては、加速車の打撃子の中心回転軌跡円を基円とするインボリュート、あるいは、これに極似の曲面を形成していることが、本件特許発明の特徴である各衝突板の先端部が加速車に対しほぼ半径方向を指向していることに該当するかどうか、(ロ)被告の各製品の衝突板は加速車との間に凹形状の開口運動を行うが、この運動と本件特許発明の鰐口状の開口運動をすることとの関係、(ハ)被告の製品中HV型、HVS型、HV―Gr型については、前記コイルバネが設けられているとともに、ケーシング両側面に長孔が設けられて衝突板に取り付けられた軸が右長孔に入れられてあるが、右各構造が存することにより、本件特許発明の技術的範囲に属しないといえるかどうかの各点にあることが明らかである。以下、順次、これらの点について考察判断する。

(二)  まず、被告の製品の衝突板が本件特許発明にいう加速車に対しほぼ半径方向を指向する衝突板にあたるかどうかについて考究する。

まず、本件特許発明にいう「ほぼ半径方向」とは如何なる範囲を指称するのであろうか。被告は、この点につき、ほぼ半径方向とは原則として、加速車に対し半径方向であることを要し、許容される範囲があるとしても、それは半径方向を基準として右廻りに六度、左廻りに六度の限度内である旨主張する……が「ほぼ半径方向」とは、原則として半径方向でその許容範囲を算出するものでなく、本来「ほぼ半径方向」というに過ぎず、前掲……「発明の詳細なる説明」の項にも「ほぼ半径方向」につきその角度を限定した記載がないうえ、その一実施例としての図面における衝突板の先端部は加速車のその半径方向に対し、約十五度の偏倚角度を有しているものであり、また、<証拠>によれば、工学上、「ほぼ」という文言に数値を与える根拠がないことが認められ、結局、「ほぼ半径方向」が、被告主張のように、半径方向もしくは左右に各六度の範囲内に限定される理由はないから、被告の右主張は、採用し難く、前掲<証拠>記載の意見も当裁判所の賛同しがたいところである。しかして、本件特許発明にいう「ほぼ半径方向」とは、前記のとおり、数値をもつて確定しがたいところであるから、あまりにも半径方向と偏倚角度を有する場合は格別、本件特許発明において、何故、「ほぼ半径方向」であることを必要とするのか、換言すれば、「ほぼ半径方向」により、如何なる作用効果を期待しているのかを考慮したうえで、被告の製品の有する作用効果と対比して、これを参酌しつつ被告の製品の衝突板の先端部が、「ほぼ半径方向」に当るかどうかを判断せざるをえない(この点は、のちに判断する。)。

次に、被告の各製品の衝突板の角度を測定するに、被告の各製品の衝突板はいずれも曲面を形成しているから、衝突板の先端部をどの部分とするかにつき問題があるが、一応、衝突板の下縁の最先端附近の平均的方向を測定することとし、前掲Yの鑑定の結果によれば、被告の各製品の衝突板の右角度が加速車の半径方向となす角度は、HO型において第一衝突板が二十四度、第二衝突板が29.5度、HF型において第一衝突板の第一段が39.5度、第二段が41.5度、第二衝突板の第一段が五十八度、第二段が五十二度、HG型において第一衝突板が三十三度、第二衝突板が55.5度、HV型において第一衝突板が二十九度、第二衝突板が69.5度、HVS型において第一衝突板が五十四度、第二衝突板が約九十度、HA―Gr型において第一衝突板が三十四度、第二衝突板が四十二度であることを認めることができる。

右認定の事実によれば、被告の衝突板の加速車の半径方向との偏倚角度は、最少のもので二十四度、最大のものはほぼ切線方向である約九十度であるから、前記のように、本件特許発明にいう「ほぼ半径方向」がその半径方向との角度を限定しがたいとはいえ、右角度から考えれば、被告の製品の衝突板の先端部がほぼ半径方向を指向するものとは直ちにいいがたいところである。しかし、被告の製品の衝突板は、さきにみたように、打撃子の中心の回転軌跡を基円とするインボリュート、あるいは、これに極似の曲面を形成しているのであるから、右衝突板の下縁と加速車との間隙を狭ばめれば狭ばめるほど右衝突板の先端部の平均的方向が加速車の半径方向に近くなることは、被告の製品の構造自体から明らかであるところ、<証拠>によれば、被告の製品においては、右衝突板の下縁と加速車との間隙は操作が自由であり、粉砕する材料の質、粉砕の目的等により右間隙を広くしたり狭ばめたりして使用するものであることを認めることができるから、前認定の被告の製品の加速車の半径方向に対する角度は、被告の製品が作動していない場合の通常の角度にしか過ぎず、仮りに用途によりその間隙を狭ばめた場合には、狭ばめる程、加速車の半径方向との偏倚角度が少くなり、その角度自体からほぼ半径方向に含まれることもありうるとみることができる。さらに、前認定の角度は、被告の製品の先端部附近における切線方向の平均的方向を測定したものであるが、被告の衝突板が曲面であることから、曲面の延長の指向する方向を測定することも可能であり、<証拠>によれば、曲面の延長の指向する方向は、まさしく、加速車の半径方向であることを認めることができる。以上の各認定事実によれば、前記認定の被告の各衝突板の加速車の半径方向との偏倚角度が二十四度から約九十度であることをもつて、直ちに、本件特許発明の、特許請求の範囲にいう「ほぼ半径方向」に含まれないとも断じがたいところである。したがつて、被告の製品の衝突板の先端部が加速車に対しほぼ半径方向を指向するかどうかは、本件特許発明において衝突板の先端部を加速車に対しほぼ半径方向に指向せしめたことによつて得た作用効果と、被告の製品の衝突板の有する作用効果を比較考慮し、これを参酌して判断するのが妥当である。

前掲公報、前掲H、同Yの各鑑定の結果を総合すると、本件特許発明においては、その重力作用を利用するため、衝突板の軸を加速車の回転方向に関し、各衝突板の先端部を含む平面よりも手前の位置としたのであるが、他面、加速式粉砕機の必須要件である材料の反覆衝激をも可能ならしめるため、右衝突板の先端部を加速車に対しほぼ半径方向を指向せしめることにより、打撃子により捕捉され加速されて衝突板に激突した材料のうちの大部分を再び打撃子上に跳ね返らせて反覆して衝撃を加えて充分なる材料の粉砕作用を営むためであることを第一の作用効果とし、さらに、粉砕可能の材料に対しては、あたかも固定式と同様に保持し、粉砕可能の材料に対してこれを回避する場合に通過間隙を迅速に大きく開くとともに、短時間でもとの作動位置に復帰するのを助成することを第二の作用効果としたものであることを認めることができる。しかして、被告の製品の構造に前掲H、同Yの各鑑定の結果を総合参酌すると、被告の製品の衝突板も、前記インボリュート、あるいは、これに極似した曲面を有することにより、材料の反覆衝撃のために打撃子により捕捉され加速されて衝突板に激突した材料を再び打撃子上に跳ね返らせる作用効果を有するもので、かつ、凹状に彎曲した曲面を有することにより、粉砕可能の材料に対しては、あたかも固定式と同様に保持し、粉砕不能の材料に対してはこれを回避するため、通過間隙を迅速に大きく開くとともに、短時間でもとの作動位置に復帰する作用効果を助成していることが認められる。したがつて、被告の製品の衝突板は、本件特許発明が衝突板の先端部を加速車に対しほぼ半径方向に指向せしめたことにより目的とした作用効果と同一の作用効果を有するとみるを相当とする。

なお、前掲公報によれば、本件特許発明における前記衝突板については、その形状は限定されていない(その先端部に特定平面を形成するとの被告の主張が採用し難いことは前認定のところである。)から、被告の製品のように曲面を有する衝突板も、また、本件特許発明にいう衝突板に含まれることも明らかである。

叙上認定事実を総合すると、被告の製品の衝突板も、また、本件特許発明の特許請求の範囲にいうその先端部が加速車に対しほぼ半径方向を指向する衝突板なる特徴を有するものと認めるのが相当である。

(三)  鰐口状の開口運動と凹形状の開口運動について

前掲公報、前掲H、同Yの各鑑定の結果に被告の製品の構造をあわせ考察すると、本件特許発明における鰐口状の開口運動とは、粉砕不能の異物等を衝突板が回避するに際して通過間隙を迅速に大きく開いて大きな異物でも直ちに通過させるとともに、そのため短時間のうちに、もとの作動位置に復帰して粉砕可能な材料の通過を防ぐことであり、被告の製品における衝突板の凹形状の開口運動についても、右と同一の作用を営むものであることを認めることができ、右認定事実によれば、いずれも衝突板の開口運動でその作用効果も同一であり、単に、運動の形状が異るに過ぎないものであるということができるから、被告の製品の凹形状の開口運動は、本件特許発明の鰐口状の開口運動と均等であると認めるのが妥当である。(被告の製品の衝突板の開口運動は、その構造上、迅速に大きく開口をすることができないとの被告の主張の採用しがたいことは、前に認定したとおりである。)

(四)  被告の製品中、HV型、HVS型、HA―Gr型におけるコイルバネと長方形の孔の存在により、右各製品が本件特許発明の技術的範囲に属しないことになる。(との被告の主張があるが?―編注)被告の右各製品の構造によれば、コイルバネを各衝突板の支持棒に取り付けたとしても、各衝突板が重力の作用によりその作動位置を保持していることは前認定のとおりであるから、右コイルバネの設置によつて、なんら新規な作用効果を生ずるものではなく、コイルバネの取付けは、附加的なものと認めるのが相当である。

また、衝突板の加速車に最も遠い端部に水平に棒を通して、右棒の先端をケーシング両側面に設けた長方形の孔に入れる構造のため、材料が衝突板に激突した場合に衝突板が右長方形の孔の限度で多少前後に揺動し、ために衝突板の粉砕面に附着した材料が脱落することは、その構造自体から、これを認めることができるが、前掲公報、前掲H、同Yの各鑑定の結果をあわせると本件特許発明における衝突板が粉砕可能な材料に対してはあたかも固定式のように不動状態を保持するという場合の不動状態とは、粉砕不能な異物等に対して衝突板が行う開口運動に対比さるべき意味であると解されるから、右のように衝突板が多少前後に揺動したとしても、それ自体、開口運動を行うのではないから、この意味においては、粉砕可能な材料に対しては不動状態を保持しているのであり、かつ、粉砕効果についても、長孔のない衝突板のそれとほとんど差異が認められないから、右長孔の存在も、また、附加的構造というべきである。もつとも、これにより、前記のように、粉砕面に附着した材料を脱落させる作用効果をあげることはできるが、右作用効果は、本件特許発明の本質的作用効果と何らの関係もなく、また、本件特許発明の作用効果を失わしめるものでもないから、右作用効果を有することをもつて、長孔の設置が附加的構造でないとすることはできない。

(五) 前記四、六各認定事実によれば、被告の製品は、本件特許発明の作用効果上の特徴をすべて具有するものということができる。

(六)  叙上認定事実を総合すると、被告の全製品は、本件特許発明の技術的範囲に属するものといわざるをえない。

八既得権の主張について

被告が現に、特許番号第二〇二三七号名称を「インボリュート或はこれに極似する断面の反撥面を有する粉砕機」とする特許権を有していること及び被告の右特許権は、協定署名の日である昭和二十八年五月八日の前である昭和二十七年六月十三日に特許出願され、昭和二十八年二月二十五日出願公告され、同年十一月十日登録されたものであること、協定は、昭和二十九年五月十八日批准され、同年六月十八日批准書が交換され、同年七月三日に効力を生じたものであることは、当事者間に争いがない。

被告は、被告の右特許権は協定の効力発効前に有効に発生したものであるから、憲法二十九条の法意により、のちに効力を生じた協定によりその既得の特許権の効力は否定されない旨、及び、協定には優先権主張に基づく後の出願による特許権と既得の特許権との関係規定がないから、両者の関係は、同盟条約第四条Zの「最初ノ出願ノ日前ニ」を「協定の効力発生の日」と読み替えたうえ、同規定によるべく、したがつて、被告の特許権は本件特許権の影響を受けない旨主張する。

しかしながら、被告の右特許権は、(公報)によれば、その特許請求の範囲には、「本文に詳記する如く高速で回転すべくせる円筒表面に其軸に平行に取付けた衝撃歯で原料を打撃捕捉し、衝撃歯の中心の回転軌跡である円を基円とするインボリュート或いはこれに極似の断面で反撥せしめることを特徴とする粉砕機」と記載され、かつその「発明の詳細なる説明」の項の記載を参酌すると、被告の特許発明は、被告の製品で云えば、衝突板の形状に関するものであるから、被告の製品のうち、衝突板の形状が、被告の右特許発明の実施品であるとしても、被告の製品そのものが被告の特許発明の実施品であるとはいいえないことは明らかであり、前に認定した被告の製品の構造上の特徴のうち(5)を除くその余の構造は、被告の特許発明の実施でない。換言すれば、被告の特許発明と本件特許発明は、同一発明ではない。してみれば、被告の特許権が既得権により現に効力を有するか否かにかかわりなく、被告の製品全体の構造が本件特許発明に牴触するときは、被告の製品の製造販売が本件特許権を侵害することになるこというまでもない(被告は、これを避けようとすれば、被告の特許発明の実施である衝突板の曲面のみを残して、その他の構造を変更すればよいであろう。)。

したがつて、被告の右各主張は、被告の特許権が既得権として有効に存するか否かを判断するまでもなく、理由がないものというほかない。

九法定実施権(特許法に基づく先使用権)の存否

被告は、原告H・Aが本件特許権について優先権を主張しえないことを前提とし、被告が本件特許出願の日である昭和二十八年八月六日以前の昭和二十七年九月二十七日以降、本件特許発明とはなんらの関係なく、善意で日本国内において被告の製品を製造販売して来たから、先使用による通常実施権を有する旨主張する。

しかして、優先権を主張した場合の効果は、パリー同盟条約の同盟国間において、同盟国(第一国)に特許出願した出願人、もしくは、その承継人が、のちに他の同盟国(第二国)に同一発明を出願するに際して第一国出願の優先権を主張すれば、第一国出願の日が、優先日として、のちの第二国の同一発明の出願の出願日となるということに帰するのであるから、結局、出願の日が優先日まで遡及することによつて、その間にされた同一発明内容をもつ他の特許出願に対しては、通常の場合においては後願であるにかかわらず、先願の地位を有することとなるのであり、反面、右優先権主張が認められなければ、他の特許出願に対して後願の関係にたつものであるから、優先権主張は、他の特許出願に対しそれをしなかつた場合とは異る先、後願の関係を成立させるものである。したがつて、優先権主張の適否の判断は、他の特許出願(同一発明内容)との関係において、先、後願の審査と同一の実質を有するというべきところ、先、後願の関係においては、特許庁審査官において審査して後願の出願を拒絶する旨の査定をし、あるいは、審査官において、先願、後願の審査を誤つて後願の特許出願について所定の手続を経て特許をすべき旨の査定をし、後願の特許出願が特許権として登録された場合には、これを特許無効の審判を請求して無効とすることができる筋合であるが、反面、後願の特許も審判によりこれを無効とする旨審判がされ、それが確定しない限りは、依然として有効な特許として存続し、何人も、その効力を否定しえないのであるから、当然、当事者においても訴訟において、後願の特許権の有効、無効を主張しえないことは、いうまでもなく、先、後願の関係と同一の面に立つ優先権の主張の適否、すなわち優先権そのものの存否についても、また、右と同様、特許庁において優先権主張を認めて(換言すれば先願であることを認めて)、特許をすべき旨の査定をした以上は、特許無効の審判の確定するまでは、当事者が訴訟において優先権主張の効力を争うことは許されないというべきである。したがつて、本件特許権についても、また、被告は本件訴訟において優先権主張の効力の存否を争うことは許されないものといわざるをえない。

叙上のとおり、被告は、本件特許権の優先権主張の効力の存否を争いえないのであるから、優先権主張の効力が生じないことを前提とする被告の前記主張は、その余の点を判断するまでもなく、理由がないものというほかはない。

十法定実施権(協定による先優先権)の存否

(一)  被告が善意で最初の出願にかかる発明に関係なく、反撥式粉砕機を発明したYからこれを知得して、昭和二十七年四月十日、その実施のため必要な準備をし、昭和二十七年九月二十七日から反撥式粉砕機H型(別紙第一目録HC型)の製造、販売をしたとの主張について。

証人Yの証言(第一、第二回)中には、Yは昭和二十五年二月、被告会社の技師長に就任し、以前から研究を続けていた粉砕機の研究を、早稲田大学教授等の応援を得て継続しているうち、打撃子に捕捉された材料が衝突板に直角に衝突すれば、他の方法に比して、より以上に粉砕能力の向上が期待できることを着想するに至り、昭和二十五年九月には、その構造について、これを図面化すれば試作しうる状況にあつたが、同年十月病気にかかり昭和二十七年三月ごろまで、その研究を中断し、健康を回復した昭和二十七年三月末ごろに被告代表者の許可を得たうえで、同年四月上旬、その図面化を完成してこれに必要な部品を注文し、同年五月二十三日、試作機を製作して、その試験を行い同年九月ごろには、反撥式粉砕機H型(別紙目録HC型と同一)を完成し、爾来、右発明の実施として被告の製品を製造、販売するに至つたもので、その間、最初の出願にかかる発明についてはその内容を全く知らないし、また、石炭研究所責任者のAと会つたのは、Yの発明が図面化され、試作機が完成されたのちである昭和二十七年六月で、これとても、右試作機による材料の粉砕状態についての分析依頼をしたに過ぎず、Aから、右発明につき指示指導されたこともなく、右発明は、Yみずからにより考案されたものである旨の供述がある。しかして、<証拠>を総合すると、Yが技師長に就任した当時の昭和二十五年五月ごろ、同人が早稲田大学教授とともに、反撥式粉砕機の研究をし、その後一、二か月の間に、材料を衝突させる壁の面を打撃子の中心軌跡円を基円とするインボリュート曲面として材料を直角に衝突させて材料相互の衝突を可能ならしめることについての考案に到達した事実を認めることができる。

しかしながら、他方、<証拠>をあわせ考えると、石炭研究所責任者Aは、石炭鉱業視察のために昭和二十六年八月ごろ、ドイツ連邦共和国を訪問していたが、同年九月七日ごろ、原告E・Aが代表取締役をしているH社を訪れ、その際、H社の最初の出願にかかる発明の実施品である加速式粉砕機の製造工場を視察し、H社から、右加速式粉砕機のカタログ、「選鉱にインペラブレーカーを使用する場合の可能性と利点」と題するパンフレット、H社の顧問に対する質問表、H社の加速式粉砕機の外形寸法図(図面の著作権がH社に所属するから、右図面をH社の同意なしにコピーしたり競争会社に渡してはならないとのスタンプが入つている。)、加速式粉砕機の外形写真各三葉の交付を受けるとともに、右加速式粉砕機をみながら、かなり専門的にその構造、効果についての説明を受けて、現実に、加速式粉砕機の運転状況をも視察し、最後に、右加速式粉砕機がドイツ国において特許出願中であるとの説明も受けて同年十二月ごろ帰国したこと、帰国後、Aは、ドイツの加速式粉砕機の現状について講演をするとともに、昭和二十七年一月ごろには、前もつて呼んでいた原告会社の社員に対し、前記H社から交付を受けたカタログを示しながら、反撥式粉砕機の製造をすすめ、その際は詳細なことを種々教える旨申し入れたこと、また、被告会社にも、右カタログをみせた旨原告会社の社員にいつたこと、その後、被告会社が昭和二十七年九月ごろ、被告の製品(現在のHC型)を製造、販売するに及び、その構造がH社の加速式粉砕機に類似していることから、Aに対し、H社の加速式粉砕機の構造を被告に教えたのではないかとの強い疑いをもつたH社の要請で、昭和二十八年七月九日に、ドイツ国のエッセンにおいて、原告E・AとAが会談したが、その際、Aは被告会社の製品がH社の加速式粉砕機の模倣であるかどうかを確認すべき義務、右確認をした際は被告会社と絶縁する義務等、一方的にAに不利な約定を協定し、Aはこれを受忍していること、Aが責任者をしている石炭研究所の発行する「炭研」という雑誌の昭和二十七年六月号(同月末ごろ発行)には、研究部便りとして「先年来、A所長の提案により被告の協力を得て試作中であつた新型粉砕機が完成された」旨の記事が、同年七月号(同月末ごろ発行)には、「かねてAの指示により石炭鉱石類の粉砕のために新しいタイプの粉砕機の試作研究が行なわれてきたが、最近、被告により試作第一号機が製作された。右は、ドイツのブラルミューレに相当するもので驚異的な粉砕能力を示している」旨の記事とともに、写真、図面、及び前構造の説明がされているが、右説明は、前掲最初の出願にかかる発明の内容とほとんど同一であるうえ、右図面における衝突板は、平面であり、被告の製品の衝突板のように打撃子の中心の回転軌跡円を基円とするインボリュート又は極似の曲面を有していないし、インボリュート曲面の作用効果にも言及していないこと、を認めることができ、……右認定の事実によれば、H社から最初の出願にかかる発明の実施品である加速式粉砕機について専門的知識を得たAが、帰国後、被告に、右知識に基づいて、粉砕機の構造等を教示し、Aの指導によつて被告が反撥式粉砕機を試作したのではないかと推測される。のみならず、さらに、前掲Yの供述にある試作機の図面化について、Yは他の供述部分において、右図面は、ノートに記載していたが、そのノートは病気により生命も危くなつたので身辺の整理の都合上焼却した旨述べているが、日誌(乙第十八号証・昭和二十八年に粉砕機について被告代表取締役と相談した旨記載されている)は残存するにかかわらず、問題のノートのみが焼却されたということも、いささか、不合理の感なしとせず、また、前記図面化から試作機の完成までが比較的短期間であり、かつ、前記炭研の記事についても、前掲証人Yの証言(第一、第二回)によれば、それが事実と相違する旨の申入れをしたにとどまり、それ以上の措置には出なかつたことが認められ、これら諸般の事情を総合勘案すると、証人Yの前記供述は、多くの点において矛盾を含み、にわかに全面的に信をおきがたいものである。

以上認定の事実に、「炭研」の前記記事の時期と被告の試作機の完成時期が、ほぼ同一時期であること等を参酌総合すれば、Yは、反撥式粉砕機の衝突板の材料の衝突面の形状については独自に考案を続けていたことは認められるけれども、被告の製品の構造全部について、Yが前記最初の出願にかかる発明に関係なく、善意で、その発明をしたものとは認めることはできない。しかも、他に、被告主張のYが最初の出願にかかる発明に関係なく善意で反撥式粉砕機を発明したことを認めるに足る証拠はない。

したがつて、被告の前記主張は、理由がないものといわざるをえない。

(二)  被告が反撥式粉砕機の発明の実施のため必要な準備をした昭和二十七年四月十日には、最初の出願にかかる発明が日本国内で公然知られていたところ、被告は善意で発明の実施のための必要な準備をしたとの主張について。

「トーンインダストリー誌」一九五一年二一―二二号が昭和二十七年二月十一日、工業技術院東京工業試験所に入荷し、蔵書として備え付けられたことは、当事者間に争いがない。

<証拠>(トーンインダストリー誌一九五一年二一―二二号)によれば、右トーンインダストリー誌一九五一年二一―二二号には、最初の出願にかかる発明の実施品であるH社の加速式粉砕機についての記述及び図面が掲載されていることは認めることができるが、右加速式粉砕機についての記述は、主としてその用途、加速車の回転速度及び打撃子と衝突板との間隔を変化させて運転した結果の分析等に関し、その構造及び作用効果については、簡単な図面とその図面の各部品の説明があるにとどまり、右記述及び図面からは、本件特許発明の構造上の特徴である衝突板が揺動可能な状態にあり、重力の作用によりその作動位置に保持されるよう懸吊支持されているは判然とせず、その結果、右構成により期待しうる衝突板が重力の作用により常に原位置に復帰しようとしていること及び粉砕可能な材料については不動状態を保持し、粉砕不能の異物等については迅速に大きく開口運動を行うとの作用効果上の特徴も全く不明である。したがつて、右「トーンインダストリー誌」の備え付けによつて本件特許発明の内容が公無知られる状態となつたとは、とうてい認めがたい。

したがつて、被告の前示主張も理由がないといわざるをえない。

(三)  被告が反撥式粉砕機の発明を実施した際である昭和二十七年九月二十七日には最初の出願にかかる発明が日本国内で公然知られていたところ、被告は善意で発明を実施したとの主張について。

<証拠>をあわせ考えると、E商事株式会社が昭和二十七年八月ごろ、本件特許発明と同一の内容をもつH社の加速式粉砕機の構造について説明した「プラミューレの選鉱へ適応の可能性及びその利益」と題するパンフレットを百部乃至百五十部を各炭鉱会社、金属精練会社等に配布したことを認めることができる。

しかして、協定により先使用権を認められる第三者は、協定第三条の規定により、善意の第三者に限られるところ右協定の議定書2(ⅱ)の特許発明の内容が公知である場合の第三者についてもやはり善意であることを要するとみるのが右協定第三条、議定書2(ⅱ)の規定内容に徴し、相当である。しかるに、被告は、前記(一)において認定したとおり、その発明の実施に当り、善意であつたとは認められないのであるから、被告が、その主張のような事実に基づいて、先使用権を取得するいわれはなく、したがつて、被告の前示主張は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。

十一差止請求について。

被告が、現に被告の製品を製造し、販売し、又は販売のために展示していることは、当事者間に争いがない。

したがつて、以上認定の事実関係のもとにおいて、原告E・Hが本件特許権に基づき、原告会社本件専用実施権に基づき、それぞれ被告の右実施行為の差止めを求める請求は、理由があるということができる。

十二損害賠償請求について

(一)  原告E・Aの侵害された権利

(1)  特許を受くる権利について、原告E・Aは、本件特許発明の出願公告以前においても、原告E・Aが本件特許発明の特許を受くる権利を取得し、かつ、確定的に本件特許発明を排他的に支配する意思を表明した本件特許発明の出願日ののちである昭和二十八年九月四日から出願公告の日までの間も、故意過失により業として、この発明を利用する被告に対し、特許を受くる権利の侵害として、損害賠償請求権がある旨主張する。

しかしながら、産業上利用しうべき発明を完成した者が、該発明につき独占的排他的な実施の機能を取得するのは、該発明につき特許権の設定登録があつた場合及びその特許出願につき出願公告のあつた場合に限られることは、わが国特許法上、きわめて明々白々の事理であり、独占的排他的実施権がない以上、他人がその発明を権限なくして使用したとしても、これをもつて財産権としての特許を受ける権利の侵害とみることはできないとは、いうまでもない。原告らの前示主張は、さらに論ずるまでもなく、とうてい採用しがたいものである。

(2)  仮保護の権利及び特許権

原告E・Aの本件発明昭和三十年五月三十一日に出願公告され、昭和三十五年六月三十日、特許権設定の登録のあつたことは、当事者間に争がない。

したがつて同原告は、その主張の昭和三十年六月一日から昭和三十六年六月三十日までの間の被告の侵害行為に対して、いわゆる仮保護の権利及び特許権に基づき、損害賠償請求権を有することは、明らかである。

(二)  原告会社の侵害された権利

(1)  技術援助契約に基づく権利

<証拠>をあわせ考えると、原告会社は、昭和二十八年一月一日原告E・Aがその代表取締役であるドイツ連邦共和国のH社との間に、H社がドイツで製作販売している粉砕機について、原告会社がH社に相当の対価を支払つて、H社から右粉砕機の運転指導及び図面等の提供を受ける協約を締結し、右協約につき主務大臣の認可を得たことを認めることができ、他に、右認定を左右するに足る証拠はない。

しかして、原告会社は、右技術援助契約上の権利に基づいて、被告に対し、損害賠償請求権を有する旨主張するが、原告会社が、右協約により、被告の製品の製造・販売を禁止しうべき立場にないことは前認定の協約の内容自体から明らかであるから、右協約上の権利によつて、被告に損害賠償を求めることはできないといわざるをえない。

したがつて、昭和二十八年九月四日から昭和三五年十二月二十七日の間技術援助契約上の権利の侵害としてその損害賠償を求める原告会社の請求は、その余の点を判断するまでもなく、理由がない。

(2)  専用実施権

原告会社が、昭和三十五年十二月二十七日、本件専用実施権の設定登録を得たことは、当事者間に争いがない。

したがつて、原告会社が、その主張の昭和三十五年十二月二十八日から昭和四十年一月一九日までの間の被告の侵害行為に対して損害賠償請求権を有することは、明らかである。

(三)  被告の故意、過失の存否

被告が、昭和二十八年九月四日以降、被告の製品が原告E・Aの本件特許権を侵害することを知りながら、被告の製品を製造・販売したことは、前認定のとおりである。

(四)  原告E・Aの蒙つた損害

前記(一)認定の事実によれば、原告E・Aは、本件特許発明に関する出願公告の日の翌日である昭和三十年六月一日から原告E・Aが主張する昭和三十六年六月三十日までの間、いわゆる仮保護の権利及び本件特許権に基づき、被告の前記侵害行為により蒙つた損害の賠償を請求しうべきところ、原告E・Aは、被告の右侵害行為により、原告E・Aが本件特許発明の実施の対価として通常受けるべき金銭の額、すなわち実施料相当額の得べかりし利益を失い、これと同額の損害を蒙つたというべきである。

よつて、本件における相当実施料を検討するに、<証拠>をあわせ考えると、原告E・Aが代表取締役であるH社は、昭和二十八年一月一日、原告会社との間に、A・Aの最初の出願にかかる発明の実施品で、H社がドイツにおいて製作販売している加速式粉砕機について、原告会社が右粉砕機を製作するに際し、図面・技術指導書を原告会社に供給してその技術援助をするとともに、その対価として、原告会社から金二万五千ドル及び爾後原告会社が製作販売する加速式粉砕機について、その本体については価格の十%、予備品については価格の五%、消耗品については価格の2.5%の支払を受けること、右技術援助料は、H社がわが国において特許権を収得した場合(当時は、出願前である)にも同額とし、原告会社は、右技術援助料と同一の対価を支払うのみで、H社の特許発明を実施できるとの協約を締結し、右協約は、同年三月三十一日に主務大臣の認可を受けたこと、を認めることができる。しかして、右認定事実に徴するに、もとより技術援助料と相当実施料は別個の性質のものではあるが、右認定のように、技術援助料が、H社において特許権を収得した場合には、そのまま実施料に移向する旨の約定がされている場合において、他に、相当実施料について措信すべき反証がない本件においては、右技術援助料の割合を相当実施料と認めるのが相当である。証人Kの証言中には炭鉱用の機械の相当実施料は五%から七%である旨の供述があるが、右は、加速式粉砕機の相当実施料でないことは、その供述自体から明らかであるから前記認定を左右するに足るものではない(もつとも、原告E・Aが、具体的に請求する相当実施料は、後記のように、本体についても5.85%から6.43%の範囲内であり、証人Kの前記供述にいう相当実施料の範囲内である。)

しかして、被告の製品の売上額が、本体につき昭和三十年六月一日から昭和三十五年三月三十一日まで金五億九千四百三十万円、昭和三十五年四月一日から同年十二月二十七日まで金一億五千八百六十万円、昭和三十五年十二月二十八日から昭和三十六年六月三十日まで金一億五千四百十五万円であることは当事者間に争いがない。したがつて、原告E・Aは、被告の製品の本体については、右売上額の十%相当の損害を蒙つたものをいうべきところ、原告E・Aにおいて、右十%の範囲内である昭和三十年六月一日から昭和三十五年三月三十一日までの間についてはその6.37%、昭和三十五年四月一日から同年十二月二十七日までの間についてはその5.85%、昭和三十五年十二月二十八日から昭和三十六年六月三十日までの間については6.43%を、それぞれ相当実施料として請求するので、原告E・Aの請求の限度における相当実施料の割合をそれぞれ前記各売上額に乗ずると、昭和三十年六月一日から昭和三十五年三月三十一日までは金三千七百八十五万六千九百十円、昭和三十五年四月一日から同年十二月二十七日までは金九百二十七万八千百円、昭和三十五年十二月二十八日から昭和三十六年六月三十日までは金九百九十一万千八百四十五円合計金五千七百四万六千八百五十五円となること計算上明らかである。したがつて、原告E・Aは、被告の製品の本体につき、金五千七百四万八千八百五十五円の損害を蒙つたこととなる。本体について、右認定の限度を起える原告E・Aの請求は、理由がない。

次に、原告E・Aは、被告の製造販売した部品についても、その実施料相当の損害を請求するが、部品が本件特許権を侵害するといいうるためには、右部品が客観的に本件特許発明の実施品である被告の製品の生産にのみ使用され、他の用途が全くないことが必要であるところ、本件全証拠によるも、被告の製造販売する部品が如何なる性質のもので、被告の製品の如何なる用途に使用されるかも、明らかでないのみならず、もとより、被告の製品にのみ使用され、かつ、他に用途がないことを認めるに足る証拠がない。したがつて、部品について損害賠償の請求は、その余の点を判断するまでもなく理由がない。

叙上認定事実によれば、原告E・Aの損害賠償請求は、金五千七百四万六千八百五十五円及びこれに対する本件不法行為ののちで原告E・Aの請求する昭和三十六年七月二十五日から支払ずみに至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるが、その余は、理由がない。

(五)  原告会社の蒙つた損害

前記(二)認定の事実によれば、原告会社は、本件専用実施権の設定登録をした日の翌日である昭和三十五年十二月二十八日以降昭和四十年一月十九日までの間、専用実施権に基づき、被告の前記侵害行為により蒙つた損害の賠償を請求しうべきものであるところ、昭和三十五年十二月二十八日から昭和三十六年六月三十日までの間の被告製品の本体につき、被告が本件の販売により得た利益が金千八百六十五万二千百五十円であることは当事者間に争いがなく、また、(2)昭和三十六年七月一日から昭和四十年一月十九日までの間の被告の本体及び部品の販売により得た利益が一か月金六百八十二万八千六百八十円であることは、被告において明らかに争わないからこれを自白したものとみなされるところである。原告会社も被告の製造販売する部品につき、専用実施権の侵害として、その損害賠償を請求するが、この請求の容認すべくもないことは、原告E・Aの部品に対する請求に対して示した理由と同様である。よつて、右(2)の被告の利益のうち、本件の販売による利益の割合を検討するに、右(2)の期間内における本体と部品の利益の割合は、本件全証拠によるも明確にこれを認定することができないところであるが、右期間の前である昭和三十五年四月一日から昭和三十六年六月三十日までの被告の製品の本体の販売による被告の利益が金三千四百五十一万二千百五十円であることは当事者間に争いがなく、右期間中の被告の製品の部品の販売による被告の利益が金二千六百五十万三千百三円であることは被告において明らかに争わないから自白したものとみなさるべく、したがつて、右期間中の被告の利益に対する本体の利益率は、〇、五六五六三一五(以下切捨て)であることが認められるので、右本体の利益率をもつて右(2)期間中の本体の利益の割合と推認すべきであり、右(2)の期間中の本体の販売による被告の利益は一か月金三百八十六万二千五百十六円五十銭(以下切捨て)であるから、同期間中の合計は、金一億六千四百五十九万三千四十二円となること計算上明らかである。

したがつて、被告は、昭和三十五年十二月二十八日から昭和四〇年一月十九日までの間、本体の販売により、右(1)、(2)の合計金一億八千三百二十四万五千百九十二円の利益を得たことになるところ、他に、反証のない本件においては、原告会社は、右期間中右と同額の損害を蒙つたものと認めざるをえない。

原告会社の本件についてのその余の請求及び部品についての請求は、いずれも、前説示のとおり、理由がない。

叙上認定の事実によれば、原告会社の被告に対する損害賠償請求は、右金一億八千三百二十四万五千百九十二円及びうち金千八百六十五万二千百五十円に対する本件不法行為の日ののちである昭和三十六年七月二十五日から支払ずみに至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるが、その余は理由がない。

十三信用回復措置請求について

本件特許発明の実施品である加速式粉砕機が、きわめて強固で半永久的耐久性を有し、価格も高価で、需要者が一度購入すれば事業の拡張でもしない限り、同一製品を再び購入することは期待できず、製品そのものの信用及び製造業者の信用の有無が販売成績に占める比重は到底他の商品の比ではないこと、及び、……被告が顧客に対し、被告製品を販売したこと被告が昭和二十八年十二月に「特許反撥式粉砕機」と題する書面を、昭和三十年七月「ハヤカワインパクトクラッシャー」と題するパンフレットを、昭和三十三年七月「ハヤカワインパクトクラッシャー(タイプHF)」と題するパンフレットを、昭和三十五年五月「特殊の粉砕条件に使用する反撥式粉砕機の各型式について」と題する書面を発行したことは、当事者間に争いがない。

しかして<証拠>(前記各パンフレット)によれば、被告の発行した(前記各パンフレット)には、被告製品の概説、性能、用途、被告が特許権を有していることが記載されているが、業者が自己の製品の販売に当り、右認定のような行為に出ることは、営業政策上きわめて当然のことであり、被告が被告の製品を宣伝したからといつてそれが、直ちに、原告らの業務上の信用を害したことにならないことは明らかである。そして、他に、被告が被告の製品の販売に当り、顧客に原告会社の製品が本件発明の実施品であるが被告の製品に比して粗悪であるなど原告らの乗務上の信用を害する言動をしたことを認めるに足る証拠はない。

したがつて、原告らの謝罪広告を求める請求は、その余の点を判断するまでもなく、理由がないものといわざるをえない。<以下略>(三宅正雄 太田夏生 荒木恒平)

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